猪熊弦一郎について

慶応義塾大学西校舎内食堂《デモクラシー》 1949年 撮影:木奥恵三

香川県庁舎東館陶画《和敬清寂》 撮影:木奥恵三

MIMOCA外観 撮影:増田好郎

猪熊弦一郎と谷口吉生 1991年10月26日

画像全て:©公益財団法人ミモカ美術振興財団

慶応義塾大学西校舎内食堂《デモクラシー》 1949年 撮影:木奥恵三

建築家との協働

戦時中、猪熊や新制作派協会のメンバーが神奈川県津久井郡(現相模原市)に疎開していました。彼らは地域の人々と親しくつきあい、慕われました。芸術家村を作る構想まで飛び出し、猪熊と交流のあった建築家の山口文象が村の設計図を完成させたと言われています。同じ頃、猪熊の故郷、香川県に新しい美術館の計画が持ち上がります。猪熊の推薦によって山口文象が設計を担い、1949年に「高松美術館」が開館しました。
同年、猪熊弦一郎と建築家の山口文象は、気鋭の建築家たち(前川國男、丹下健三、谷口吉郎、吉村順三、池辺陽、岡田哲郎)をメンバーに迎え新制作派協会建築部を創設します。新制作派協会は新たに「生活造型」を理念に掲げ、画家や彫刻家と建築家の協働を盛んに行いました。猪熊自身も、谷口吉郎の慶應義塾大学学生ホール(1949年)をはじめ、建築空間に合わせた壁画をいくつも手がけています。

新制作派協会建築部にはじまる猪熊の建築家との協働は、故郷の香川県において、大きく華ひらきます。丹下健三設計の「香川県庁舎(現東館)」(1958年落成、2022年国の重要文化財指定)は、当時の香川県知事、金子正則に猪熊が良い建築の重要性を説いて、新進気鋭の丹下健三を紹介したことで実現しました。猪熊は1階ロビー陶画《和敬清寂》を担当、家具の一部は、新制作派協会建築部会員となった剣持勇がデザインを担当しています。

1987年、丸亀市は市制90周年記念事業として、市にゆかりのある猪熊に記念美術館の設立を申し出ました。美しい建築空間のため、猪熊は建築家、谷口吉生(1937-2024)を丸亀市に推薦し、画家と建築家が対話を重ねて、互いの理念が具現化されました。MIMOCAの建築が評価され、のちに谷口吉生はニューヨーク近代美術館(MoMA)の大規模リノベーションの設計者に選ばれました(2004年竣工)。MIMOCAには、建築目当ての来館者も国内外から多数訪れています。

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