猪熊弦一郎について

「アート県かがわ」の礎

「瀬戸内国際芸術祭」をはじめ「アート県」「建築王国」としても名高い香川県は、「世界に誇る美の資源」であふれています。そんな歴史をひも解いてみると、第二次世界大戦からの復興期、「民間大使」こと猪熊弦一郎がつなぎ役となって、世界的なアーティストや建築家、デザイナーらが、香川県を 舞台に華ひらいていく時代がありました。 香川県庁舎の建設にあたり、金子正則知事(当時)は同郷の先輩である猪熊に相談し、猪熊が建築家・丹下健三を紹介。猪熊と金子が国際的な文化交流のハブとなってネットワークは広がっていきます。彫刻家のイサム・ノグチや流政之がアトリエを置いたり、剣持勇やジョージ・ナカシマ、和田邦坊といったデザイナーやクリエイターも活躍。そして、「デザイン知事」とも呼ばれていた金子は、行政機関でありながら、現代でも珍しい「デザイン室」を香川 県庁に置くのでした。「地方創生」「文化と経済の好循環」の先駆けかのように、猪熊と金子が、日本で一番小さい県、香川県の文化の土壌を耕していたのです。

香川県庁舎東館 提供:香川県

香川県庁舎東館
香川県庁舎(現東館/1958年落成)は世界的な建築家である丹下健三の代表作の一つで、2022年に「香川県庁舎旧本館及び東館」として国の重要文化財に指定されました。日本の伝統的な木造建築の意匠を鉄筋コンクリート造で巧みに表現し、ピロティやロビーを県民に開かれた空間とする手法を用いた県庁舎は、「日本の伝統」や「民主主義」のあり方を問いかけているようでもありました。アートやインテリアにも、猪熊弦一郎や剣持勇などの著名なアーティストやクリエイターが携わり、石材や木工など地域資源を活かしながら生まれた県庁舎は、「アート県かがわ」の礎となっています。

金子正則と丹下健三をつないだ猪熊弦一郎
1954 年、金子正則知事(当時)から香川県庁舎の建設についての相談を受けた猪熊は、新進気鋭の建築家・丹下健三を紹介しました。「建築は総合芸術である(金子)」※1 、「建築が芸術の中で一番素晴らしい(猪熊)」※2。金子も猪熊もともに「建築」を重視する人でした。1階のロビーには、猪熊が陶画《和敬清寂》を制作。互いの心を和らげて謹み敬うような、茶道の精神がテーマになっています。

※1:『香川県庁舎 1958』、香川の小さな出版社 ROOTS BOOKS、2009年、p.32
※2:「対談 現代都市と絵画」、『aaca』1993/3 No.12、社団法人日本建築美術工芸協会、p.7

写真提供:イサム・ノグチ美術館

イサム・ノグチ庭園美術館
20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチは、ランドスケープやインテリアのデザイン、舞台美術など幅広く活動する芸術家でした。庵治石の産地である香川県に1969年からアトリエと住居を構え、1988年に亡くなるまで、ニューヨークと往き来しながら、石の作家・和泉正敏をパートナーに制作していました。イサム・ノグチ庭園美術館は、未来の芸術家や研究者、芸術愛好家のインスピレーションの源泉になることを望んでいたノグチの遺志を実現し、1999年に開館。150点あまりの彫刻作品、自ら選んで移築した展示蔵や住居「イサム家」、彫刻庭園など、全体がひとつの環境彫刻となっており、出来うる限り、生前の雰囲気で環境そのものを公開。ジャンルを超えた宇宙的でコスモポリタンな、開かれたノグチの世界像を堪能できます。

イサム・ノグチと猪熊弦一郎
二人の出会いは1950年。日本初の個展開催のために来日したノグチは、猪熊邸をふらりと訪れ、40日間に渡って一緒に暮らします。以来、猪熊はノグチを「心友」と呼び、生涯、交流を続けました。1956年、猪熊がノグチを香川県につなぎ、金子正則知事(当時)や建築家・山本忠司、和泉正敏との出会いを縁に、アトリエを構えることになりました。後年、MIMOCAの設立を喜んだノグチは、自分も何か手伝いたいと猪熊に提案していました。この計画はノグチの逝去により実現しなかったものの、1992年の二人展「心友イサム・ノグチとともに」の開催を契機に、猪熊 の希望を汲んだ和泉の計らいによって、ノグチがよく眺めていたという自然石が、MIMOCA 3階のカスケードプラザに置かれています。

四国村ミウゼアム

四国村ミウゼアム
屋島山麓に広がる野外博物館。江戸時代から大正時代に建てられた住宅や砂糖しめ小屋、農村歌舞伎舞台、米蔵、醤油蔵など、四国4県から移築復原した33棟の建物を体感できます。実際に人が住んで使ってきたものであり、人々の知恵や労苦、祈りが染み込んでいます。四季折々の豊かな自然を感じながら散策すると、鳥の声や滝の音に癒され、現代人が失ってしまった何かに気づくかも知れません。また、安藤忠雄設計の「四国村ギャラリー」や神戸の異人館だった「四国村カフェ」など、多様な魅力を持つスポットも点在しています。

四国村ミウゼアムと猪熊弦一郎
1976年の開村式に出席した猪熊は、古い民家の数々を大いに喜びました。その縁から、四国村の麓のレストランとオーナーの住宅の設計に、猪熊が建築家・吉村順三を紹介(一般公開はしていません)。2022年、四国村は「四国村ミウゼアム」に名称を変えますが、この名は開村式に猪熊が寄せたメッセージからとられました。2023年には「猪熊の杜」を整備。田園調布の猪熊邸に由来するオリーブを植樹しています。

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