猪熊弦一郎について

ウィラード・ギャラリー(ニューヨーク) 1956年 撮影:猪熊弦一郎

ウィラード・ギャラリーの前での猪熊夫妻 1956年 撮影者不明

ウィラード夫妻(ウィラード・ギャラリーでの猪熊弦一郎個展にて) 1957年 撮影:猪熊弦一郎

イサム・ノグチ 1962年頃 撮影:猪熊弦一郎 
© The Noguchi Museum / ARS / JASPAR

ロバート・ラウシェンバーグ 1959年頃 撮影:猪熊弦一郎

ジャスパー・ジョーンズ 1964年頃 撮影:猪熊弦一郎

ジョン・ケージ 1957年頃 撮影:猪熊弦一郎

画像全て:©公益財団法人ミモカ美術振興財団

アメリカでの活動

1955年に拠点をニューヨークに移したことを機に、猪熊の画風は具象から抽象へ一変します。ウィラード・ギャラリーに所属作家として迎えられ、同画廊で10回の個展を開き、意欲的に新作を発表し続けました。およそ20年のニューヨーク滞在中は、日米文化交流においても、公私に渡り重要な役割を担いました。世界に名だたる多ジャンルの芸術家達と交流し、猪熊邸がたびたび交流の場となっています。また、海外渡航がまだ身近ではなかったこの時代に、日本から同市を訪れる政治家や企業家、一般の旅行者まで、多くが人伝てに猪熊夫妻を頼ってやってきました。面倒見のよい二人は初対面の相手も手厚くもてなし、「民間大使」と呼ばれました。

 

日米文化交流の公的貢献例

1956年
日本航空ニューヨーク支店の室内装飾を担当。(内装:吉村順三)

1957年
日米協会運営委員、ニューヨーク日本総領事館顧問(文化交流)、日米貿易振興会顧問(文化交流係)を委嘱される。

1958年
高島屋ニューヨーク支店の壁画を担当。(設計:吉村順三)

1959年
ニューヨークのジャパン・ハウス・ギャラリー「魯山人展」のディスプレイを担当、アメリカ旅行中の棟方志功がポスターを描く。棟方自身もウィラード・ギャラリーで個展開催、猪熊夫人が展示を手伝っている。
京都市とボストン市の姉妹都市結成を記念し、裏千家がボストン博物館に贈った茶室のデザインと庭園のディスプレイをする。

1960年
日米親交100年祭のカタログをデザイン。

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